中崎インタヴューズ #5「中崎淳とその周辺」
「言語的越境に対するアンタゴニズムっていうのはよかったね。とりあえず何いっているかわからなかった」――中崎淳が再びその身を新宿へ。変わりゆく時代の澱みに沈んでいく、令和初のインタヴューズ。
序文~スペインの大地の渇きと陽の白さを感じさせる赤ワイン「ソリス」の終売を名残惜しんで~「文学の新境地を」と、無縁の地・富山に赴いてから約二年。中崎が再び東京都内に生活拠点を戻して約一か月がたった今、改元という節目に際し、奇しくも改めて自らのこれまでを回想し、先行きの展望を見据えるインタヴューとなった。大学以来の親交を続け、かつ中崎の編集者としての一面を持つI氏について、中崎は本インタヴュー・シリーズで初めて、思いの丈を率直に吐露した。このインタヴュー収録を終えた後、中崎はこう語った。
「これを鳥瞰社のホームページに載せるのはまぎれもなくI氏だろうが、果たしてこのインタヴューをデータで受け取って、何を考えるのだろうか」
――外部記者によるインタヴューから
中崎:それはだめです、何でかといったら、これがまたいい話でね、その…おっ、レーズンバターだ。
店員:はい、お待たせしました、レーズンバターです。
中崎:はい、ありがとうございます、はーい。
淤見:中崎淳インタヴューズをね、生で…
田中:生中崎淳インタヴューズ(笑)
中崎:(田中に向かって)いや、だからね、あの、お皿も取ってほしいんだよね、お皿を。いやね、そういうことなんだよね、だからI氏はね、「ぼくは先に死にますから、先生はそれも書いてくださいよ」って言うんです。泣けるよね。いやー、やっぱいい友人に巡り逢えたよ。
淤見:(録音されていないが、「I氏は友人ではなく編集者だ」という趣旨の中崎の言を受け)友人だった(笑)
田中:友人だった(笑)
中崎:いやあのね、I氏とぼくの関係っていうのはすごいよ。だからね、彼は病気だと思っていますから。っていうのはさ…
淤見:これ、さっきから録音して記事に起こしたほうがいいよ。(中崎淳インタヴューズの)5で出したほうがいいよ。
中崎:あたりまえだろ。あの、社長の仕事の…
田中:いや、実はもう録音入れています。言っていませんでした。あの、もう入れていました。
中崎:きみの仕事はね、だからぼくは評価するよ。
田中:いや、だからそういうの言うの、あれなんで。ちゃんとしていますんで、はい(笑)
中崎:いや、いいんだいいんだ。いやね、I氏とぼくの関係っていうのはさ、ただの友人じゃないんだよね。ただ、じゃあ友人じゃないかっていうと、最初は友人だったんですよ。ただ、やっぱその、ただの友人は本出さないんですよ。それはね、その…、すごいからね、本当に、方々に、その…来るからね。
田中:(笑)
中崎:だからゴールデン街でね、一滴も飲めない男が付いて来てくれるわけですよ。でもね、ぼくたちはそういうある種性的な関係ではないわけじゃないか。じゃあ、いったい何がぼくらを支えるのか、何がぼくらを繋ぐのかなっていうことはやっぱ考えなきゃいけなくて…じゃあ一体なんだろうかって、なんだろうか…田中くん、何だと思う?田中くんは僕たちのことよく見ているから、わかるかもわからない。
田中:ちょっと、一応お訊きしますけど、あの、中崎さんとIさんが初めて会ったのは何年ですか?
中崎:大学3年生の秋だね。
田中:うーんと、ということは、2016か…。
中崎:2016か。
田中:だから、奇しくも、僕とIさんの関係が始まったのと僕と中崎さんの関係が始まったのはほぼ同じなんですよね。
(※編注=中崎とI氏は早稲田大学文学部の記録によると2015年の秋に同一講義を聴講。2013年4月同大入学の中崎による「大学3年生の秋だね」という発言からも2015年邂逅説が正しいとされ、2016年に出会ったとするのは誤りである)
中崎:そうだよね、いや、ほんとそうです。
田中:すごいことでしょ?いや、要は、なんかこんな話をしてたら中崎さんとIさんの関係がすごい長いかのように感じてしまって…
淤見:長いと思う。
田中:いや、まあ僕とIさんの関係も長いように思われるんだけど、なんかそれよりも長いように思われるでしょ?で、それはぼくも感じているんですよ、ぼく自身も。だから、まずはそこを読み解かないといけないと思っていて、要は、その、お二人の関係が、やっぱりすごいなんか短い時間だけど濃密なものに傍からも見えるっていうのはどうしてなのか。
中崎:彼とのすごいところは、鳥瞰社のインタヴューって1から4まであるらしいんだけど、あれ全部I氏が編集しているらしいんだよね。社長は何もしてないっていう伝説があって。
田中:(笑)
中崎:で、ぼくは…、彼になんて感謝していいかわからないわけですよ。だからね、最初ね、うちの母親は、北の高校生会議に呼ばれたときに、マルチ講じゃないのかと、詐欺じゃないんかと、騙されているんじゃないのかと、あんたみたいな奴が呼ばれるわけないだろって言ったんです。
淤見:(笑)
田中:(笑)
中崎:ぼくもたしかにそうだなって思って(笑)
淤見:(笑)
田中:(爆笑)それ、山本愛優美に言っておきますね(笑)
中崎:で、行って…
淤見:マルチ講(笑)
田中:北の高校生会議はマルチ講(笑)
中崎:2回目もそうだよね。でもね、本が出たときに、母親に本が出た、と。「はあ?」って言われたんですよ。「おまえ大丈夫か」って言われたんですよ。
田中:あの、「毎日がエブリデイ」のお母さんですよね?
中崎:そうですそうです。
田中:(笑)
中崎:んで、説明したんですよ、I氏って大学にいて…
田中:あれをちゃんとぼく熟読していますからね、ちゃんと(笑)
中崎:あたりまえだろ、おまえ社長なんだから。
淤見:(笑)
田中:めっちゃ読んでる(笑)
中崎:あたりまえだろ!
田中:やっぱり中崎さんのお母さんと一回会ってみたいですね。
中崎:でね、そう、それでね、本が出たときに、すごい真面目な顔でね、「ちょっと、あんたな、Iくんっていう子に謝っておいてくれ」と。マルチ講とか言ってごめんって言っておいて、と。小学生かっていう(笑)
店員:はい、後ろからナポリタンでーす。
中崎:はい、ありがとうございまーす。はい、はーい。ありがとうございます。
田中:これ、このまんま入るから、「ナポリタンでーす」って(笑)
店員:これフォーク、取り分け用にお使いください。
中崎:はい、取り分けてください、おれいらんから。炭水化物抜いているんで。
淤見:あっ、そうなんですね。
田中:じゃあお取りします。
中崎:だからね…
淤見:ダイエットなんですか?
中崎:そうそう、もやしばっかり食っている。
淤見:そうなんですか。だけど、たしかにさっき交差点でお会いしたとき、ちょっとお痩せになったのかなと思いましたけど。
中崎:そうです。
淤見:(田中に)あっ、どうも。
中崎:それでね、そう、いやでもね、そう、実はね、I氏には言ったんだけど、うちの母癌だったんですよ。だからね、困ったなと思ってさ。で、いま入院しているんですよ。先週から入院してね。
淤見:そうなんですか。
中崎:そうなんです、ステージ3ですって。ねえ、困るよね、毎日がエブリデイとか言ってる場合じゃねえよと思って、毎日がおまえホリデイじゃねえかと思って。
田中:毎日がホリデイって…(笑)それ、いつわかったんですか?
中崎:3月かな。
田中:めっちゃ最近。
中崎:ぼくに知らされたのは、3月の終わりとかだったんだけど。
田中:じゃあ、ちょうどあのイベントのころ。
中崎:あのあとですね。
田中:あのあと。
中崎:いやー…で、まあ、どうなんですかね。でも、まあ癌ってほら、手術して治る癌と手術できない癌ってあるじゃないですか。で、ステージ3って細胞に転移しているから切れないんですって。だから放射線治療なんです。でも、それってもう終わりなんじゃないのかなと思って。だから、I氏は今度見舞いに、あの、連休のときにぼく帰るんだけど、そのときにI氏が大阪に帰ってくるから、会いに行けたら行くって言って。I氏はね、まあ、でね、おれもねー、まあちょっとね、そんなんなったら親孝行しないといけないかなーって、大阪帰ろっかなーって思うわけですよ。ってかなんか、やっぱりその、本がね…
田中:ステージって何まで…?
中崎:4まで。
淤見:4までだよね。
中崎:で、その、本出たときに、母親すごい喜んだんですよね。まあ…。
田中:あの本の企画で喜んでくれる人がそうやっていたって聞くと、ぼくもやっぱり嬉しくなっちゃいますよね。
中崎:いや、ほんとだからだからね、だからぼくはやっぱきみにも感謝しているわけですよ。
田中:ええ。
中崎:んで、やっぱり、その、うちの母はね、I氏が大阪にいるとき、ずっと1年間大阪にいたから、まあせっかくやったらねえ、いい場所で飲むかって言っていたんですけど。ぼくは飲んでも面倒くさいから。ぼくも母親も飲んだら面倒くさい人間ですからね。I氏に2人もそういう厄介者を押し付けるのは心苦しいからね、あのね、固辞してたんだけどね。でも母入院したとなったらね、酒飲むのはぼくひとりになるわけだからね、まあ、見舞いに来てもらってね、母親も元気出るんじゃないかなと思って。
いやあのね、何が困るって、いや、たとえばね、あと1年で死ぬってわかっていたら、仕事辞めて、その1年間大阪にいればいいわけじゃないですか。でも、あとまあ3年は生きれるっていう話だったら1年間ちゃんと働けばいいわけだから、それなりにぼくもやっぱりこれが、金もあるからね、で、どうしようかなって思ってね。いやー、でも…
田中:大阪で働くっていう選択肢は?
中崎:そうそうそう、だからそういう選択肢も…
田中:一番現実的なのは、そういう選択なんじゃないですか。
中崎:はい。でも、まあ、でもね、I氏は、そういうときに思うんですよ。あっ、I氏と友人でよかったなって。っていうのはね、彼はたぶん、今度もし見舞いに来てもね、彼は変わらないんですよ。だから田中くんがさっき言ったように、彼はですね、自分の、そのどこでどういうこと言うべきかっていう自分のキャラを考えているじゃないですか。だから彼は絶対ぼくの前で大変だねとか言わないんですよ。やっぱそれでもう救われますよね。救われるっちゅうかさ、やっぱ彼がぼくに言うことはたぶん、きみにはどうしようもできないのだから小説書くしかないんじゃないですかってことを言うんだと思うんだよね。それはもうぼくもわかっているし。だからそういうこと言ってくれる人がいてよかったなと思いますね。中途半端な慰めはね、要らないんですよ。まあやっぱね、I氏がいてよかったなと思うんですよ。そういう意味で、だからそのあなたがたふたりの関係とぼくとI氏の関係は、すこし次元が違うのかもしれないね。だからぼくたちは友人じゃなかったから、最初だけ友人だったから、その、ぼくの親が死のうが、ぼくはそれを小説に書くしか、その恩返しする方法はないって思うんで、自分の親に対して。最終的に。だからまあ、書くわけですよ。んで、I氏もまあそれを、黙ってサポートしてくれると。それがいいわけですよね。
中崎:ただね、人は死んだらだめです。生きててなんぼですからね。だから、だからいやよかったですよ。うん。ぼくまだ今年25ですけど、いろんな経験ができるっていうのは、まあ恵まれてるんじゃないかなと思いますね。たぶん、たとえばそのただのね、物書いてない状態でこうだったらぼくはたぶんだめだったんじゃないかなと、I氏がいるから…やっぱりその、I氏とぼくとの共通見解というのはここまでやってきてね、いまさらね転向宣言はできないわけですよ、要は小説書くのやーめたっていうのはね、それはもう話にならん。だって、インタヴューでもう言ってますからね、なんかその血肉を明け渡して書く一滴が文学だとか言っているわけだから。それで、いや家族に不幸があったから小説書けなくなりましたとか言ったらギャグだからね。
田中:(笑)
中崎:だから書くんだよ。
田中:(笑)
中崎:それはそうでしょ。それはもう、何があっても書くんだけど。
淤見:いまは何かお書きなんですか?
中崎:もちろんもちろん、ずっと書いています。だから、でも、その書けるのは読んでくれる人がいるからで、一番最初の読者というのはやっぱりI氏なんですよね。あー、だからぼくはI氏がいてよかったなと思いますよ。
だから、ぼくは最後は長生きしたいなって思ったのはまさにそこなんですよね。I氏が死ぬ、ぼくよりたぶんまあ先に働きすぎとかで死んだとしてね、あるいはまあ自殺で彼も死ぬかもしれないけれども、そのときに、ぼくはそれもちゃんと書かないといけない。その、全部を知っているわけじゃないじゃないですか。少なくともぼくと彼の関係のなかでぼくは彼を知っているから、そのぼくが見た彼を最後物語にしないとだめだなってぼくは思うんですよね。そこまでやってぼくは編集者と作家といえると思うんですよ。そういうことですね。だから、そういう意味ではね、妥協を赦してくれないわけですからね、彼は、ぼくに。そういう意味では、ぼくはどういうことをしないと彼とぼくとの関係でマウント取れなくなるかっていうことは、ぼくにはよくわかっている。書かないとマウント取れないわけです、書いても取れないけど。
田中:(笑)
中崎:だから書くわけです。いや、勝てない、いや、勝ち負けじゃないから。やっぱり、だから、でも書かないといけないというのはよくわかるから、じゃあ書くんだなっていう。だからほんとに、ぼくはいい人に巡り逢えてよかった。だから最初彼がほら、愛媛に家を借りたときに、4LDKを借りたって言うんですよ、彼が、最初ね。結局なんか1LDKか1DKにしたらしいんだけど。
田中:ぼく全部聞いた、その話(笑)
中崎:最初なんか…
田中:居候するとか言ってた(笑)
中崎:そうそうそうそう。その話を聞いたのに母親が、その病気がわかったから、なんかしかもいま…
田中:それで変えたんですか、Iさん?
中崎:いや、それはたぶん関係ないと思うんだけど。
田中:なんでも軽自動車しか停めれなくて、会社の内規だと軽がだめだから、4LDKはやめたらしいんですけど。
中崎:そういうことかよ!いや、だから…
田中:言っちゃだめだったのかな。
中崎:いやいや、まあいいんだいいんだ。で、だから…
田中:かなり、あのいまから家探しに行くって話から今日だめだったって話まで、全部ぼく聞いてるから、なんか…(笑)
中崎:あいつね、だからぼくと彼が友人じゃないのはまさにそこなの。だから、あいつの話ぼくには一切しないんですよ。
田中:だからぼくもどこまでこの情報を中崎さんに言っていいのかはわからないということで、いっつも…
中崎:言ってもね、意味ないからね、野暮だからね、別に聞いたところでどうしようもないからね。だからね…
田中:だから、あんまり言わないけれども、Iさんからこの情報は中崎さんに言うなよって後から怒られたりすることがあって、いや、ぼくは…
中崎:あいつは、だからまさにそこなの。あいつはね、ぼくを作家にしようとしているんですよ。だから彼は彼の身辺雑記、いわゆる私小説的なことを彼は絶対ぼくに言おうとしないんですよ。っていうのは、彼は自分で自分がぼくの物語になることを嫌うんですよ。っていうのは、ぼくが彼を物語らないといけないって彼は思っているから、自分でなにかこういうことがあったんだっていう自分自身のことを彼は語りたがらないんですよね。んで、それはまあいいとして、だから、その彼が4LDKで…ぼくね、いま水が臭いんですよ、富山と比べて。東京ですから、東京だからですか。
田中:っていうか、どうして中崎さん、あのIさんからさんざん言われてたと思うんでぼくから言う必要はないと思うんですけど、新宿に住まなかったのかというのは。
中崎:いや、職場から遠いんですよ。
田中:いや、だって絶対タクシー代とか掛かるんじゃないですか(笑)なんか、新宿に住んだ方が、ってかもうこの辺に住んだ方が絶対…
中崎:そしたら帰れないでしょ、家に。
田中:あー。やっぱり帰るところが必要だということですか?
中崎:家でゆっくり寝たいんだよね。おれも今日は8時には家に帰るからね。だから、そういう意味で…
田中:帰るところがほしかった(笑)
中崎:いや、あのね、たぶん淤見くんはなんとなくわかるかもしれないんだけどね、帰るところがほしいっていうのはギャグじゃなくてほんとにね、その帰る場所大事ですよ。わりとI氏はよく知っているけどぼくはね、ぼくはできたらI氏が最後ぼくを物語れば完成すると思うんだよね。I氏にはね、よく言うんだけど、あんまりこんなこと他人には言わないんだけど、せっかくねレコード回っているから喋りますけど、あの、ぼくはやっぱ文学者だと思ってますよ、自分で。でもね、ぼくが物語るじゃないですか。でもね、じゃあ誰がぼくを物語るのかなと。ヒーローって人を救うじゃないですか。よくある話で、じゃあ誰がヒーローを救うんだろうかっていう。だから、ぼくはいろんなものをね語るけど、誰がぼくを語るんだろうかってなったときに、やっぱりI氏しかいないと思うんですよね。だから、どっちでもいいってぼく思うんですよ。どっちが先にくたばっても、ぼくが彼を物語ること、最終的に、それもぼくと彼との集大成だし、彼がぼくを物語ることも、それも彼とぼくとの集大成だなって思うんですよね。んで、やっぱりその帰る場所というのは意外とほんと馬鹿にできなくて、ぼくはね、今まであんまりよく考えなかったんだけど、富山に行ってこっちに来たときに思ったんだね。あの、つまり今回そうやってね、ぼく、ほら母親と父親がこう離婚してそれぞれ家があるわけじゃないですか。父親の方がね、今度宮大工になって伊勢神宮で働くんでよ。もう働いているんだけど。だから連休のなか、母親の見舞いに行った後伊勢に行くんだけど、伊勢にその父親と新しい奥さん、もう知っている人なんだけど、家があるから泊まりに行って、新元号を伊勢神宮で迎えるという。ぼくはそういうの好きだからさ。だからね、ああ家族って大事だなって思って。家族って大事っすよ。あの、家族っていうかさ、血の繋がりあるかないかとかも抜きにして、だからぼく細田守の映画が好きなのはそこなんですよ。細田守の作品ってほんとにまさにそこなんだよね。『サマーウォーズ』ってわかります?「よろしくお願いします」ってボタン押すやつ。あとね、『おおかみこどもの雨と雪』っていうのもあって。
淤見:それ、聞いたことあります。
中崎:あと、『バケモノの子』っていうんだけど。
淤見:最近の。
中崎:細田守の映画って、『時をかける少女』を除いてほとんどが…『未来のミライ』もそうだよね、なんかその家族のあり方を問うんです。だから『バケモノの子』も、『バケモノの子』も血は繋がっていないんだけど、その…家族だ、みたいな。ああ、いいなと思って。だからね、帰る場所があるっていうのは大事ですよ。うん。
田中:それって、いま祖師ヶ谷大蔵でしたっけ?ええっと、成城学園前。成城学園か新宿かで変わるものですか?(笑)
中崎:いや、だからね…
田中:たぶん、新宿…
中崎:いまぼくが住んでいる場所はぼくの帰る場所じゃないです。だって、でもぼく恵まれてるなって思ったのは、大阪にも帰れるし伊勢にも帰れるし、飛騨の祖母の家にも帰れると。まあいろんな帰る場所があるなと思って。んで、たとえば富山に行ったら、その、前の職場でよくしてくれた人たちもいるし、まあいろんなところにぼく行けるんだなと思って。だから、それも含めてやっぱりなんていうんですか、ぼくとI氏の関係というものはあって、っていうのはなんだろ…その…だからね、最初愛媛に行きたかったんです、4LDKに。結構マジで、1年間ぐらいそこに住まわせてもらって書いたらぼくいい文章書けるんじゃないかって思ったんだよね。まあでもできなくなっちゃったからまあいいやって思って。でもね…
田中:会社の内規のせいでもあるから…
中崎:ぼくは憾むよ、I氏の会社を。
田中:(笑)軽自動車だめって、なんかおかしいルールですよね。
中崎:軽でいいんだよ。どうせそんな県内しか走らないんだから、四国なんかさ。海越えないだろ、軽、車で。フェリー使うだろうが。
淤見:(笑)
田中:(笑)
中崎:って思うんだよね。で、とにかく、ほんとにたぶんね、ぼくはわからないけど、やっぱね、最後は家族なんだよね。家族っていうのは血の繋がりじゃなくて、ある種familyっていう意味で。だからぼくはトモくんという人がいてね。田中くん一回会って呑者家で揉めたことがあるんだけど、同い年なんだ、きみたちと。トモくんはね、学歴はないんだけどね、きみたちと比べると。しかしあの、ぼくの知ってる若者のなかで一番筋の通った男なんです。というのは何を言っても「どうでもいいじゃないですか」って言うんです。あとあの、ぼくが最近はなんかその働いているから飲まなくなったと言ったら、「それはだめです。過去の自分を裏切っていることになるんじゃないですか」とか言って煽ってくるんですよ。
淤見:(笑)
田中:塾の教え子。
淤見:へえ。
中崎:あの、ほら「死のうと思う」とか言うからね、彼が。んで、じゃあぼくは…いや、ぼくは人は自分が救われた方法でしか人を救えないと思っているから。だからぼくはよくわからないけど、それを小説にしたらいいんじゃないのって。つまり、なんか語ってみなよって言ったら、半年後に書き上げたばっかりのその原稿用紙を持って富山に来てくれたんですね。その小説おもしろいんです。でもね、彼が言うには、そこに書いてあることは彼の身に起きたことなんです。ああ、物語っていうのはね、辛いなと思いましたよ。だから、あんな…ぼくはね、フィクションとしては非常に面白いけど、じゃああれが自分の身に起きたらね、生きていくの嫌だろって思いますよ。でもね、その生きていくのが嫌になるようなことを物語らないと作家にはなれないんだったら、やるしかないと。だから、ぼくはいい人に恵まれてるな、いろんな場所に帰れるなと思って。だから、ぼくは最近結構なんか親孝行じゃないんだけど、そういうことを考えるようになってきて。だから優しくなったかもしれない。強い人間はね、いないんですよ。
田中:んー。でも、なんか…中崎さんの執筆スタイルって、どちらかというと自分の経験をまあ昇華させるというか、自分の経験をそのモチーフに…
中崎:そうですそうです。
田中:ようは、『幻風景』にしても、あの、教員として赴任するというのが出てくるとか。あとまあ『事情』にしても、なんかその、明らかに早稲田としか思えないような大学の近くのバス停の話とかから始まるっていうとこを考えても、自分の、たぶん自分のご自身の、なんでしょうか、経験というのがかなりモチーフになっていると思うんですけど、なんか、それをなんか突き抜けた、まったくなんか違うモチーフで書いてみたいとは思わないんですか?
中崎:思います。だからその完全なフィクションという。
田中:そうですね、はい。
中崎:たとえばSF的なものも書きたいと思っていて、実は構想もたくさんあるんです。でも、なんか、まあ塾長の教えに背くかもしれないけど、いま書きたいなと思うものがやっぱりあって、ぼくがその、いわゆるSF的な、つまり自分の個人的な生活とあんまり接地点がないようなフィクションは、もっと後に書こうと思うんですよ。というのは、フィクション・ライターとしてのテクニックがもうちょっと習熟してからやろうと思っていて。でも…ほら話は大事だと思います、人を励ますようなほら話。
田中:だから、ある意味ぼくは中崎さんって現実をすごい虚構的に生きているけど、なんか描いている世界はすごい現実的だというか(笑)なんか、そう思っているんですよ、ぼくは。
中崎:ありがとう。いや、だからそのね、こういう世界があったらいいなとか…
田中:なるほど(笑)
中崎:他人に元気を与えたいんですよ。
田中:ああ、そうなんですね、なるほど。
中崎:だからぼくはやっぱり昔小説読んで、伊坂幸太郎の小説を読んでいるときに、ああ、なんか元気が出るなとか、なんかこういうふうに生きていきたいなと思ったんですよ。だからぼくも、なんかぼくの小説を読んだ人が、たしかに世の中どうしようもないし別に小説読んだからっていって自分の人生よくなるわけじゃないけど、考え方ひとつでね、まあ楽しもうかみたいな。そうやって思って、なんか明日もじゃあ一日頑張って学校行こうみたいな感じで思ってくれたらいいかなと思って。だからぼくはやっぱ青春小説書きたいし、学校、そういう高校生が主人公の小説を書きたいんですよ。
田中:高校生が主人公というのは、以前それこそ新海誠の映画の話とか、前…ぼくも中崎さんとはそこが同感で、あのなんでしたっけ、『君の名は。』は売れすぎた作品だとか言って…
中崎:あれは過剰極まりないですね。
田中:ぼくも『秒速』とかの方が好きなんですけど。
中崎:『秒速』とか『言の葉の庭』がいいのは、解決しないんですよ、結局。だって、すれ違うんですもん。でも、すれ違うなかの、あっ、ひとりじゃないんだなっていう。どうせひとりなんだけど、どっかに自分のことを思ってくれている人がいると。それがね、わかるというのはすごく大事なんじゃないかなと思うんですよ。
田中:んで、まあそれで新海さんの話をしたのも、どうして高校生をテーマにしたのかという。まあ『幻風景』でも、たんに中崎さんが高校教師をやっていたからというから以上のものを読み取ろうと、まあぼくは思うわけですね。で、どうして高校生を表象として描こうと思ったんですか?
中崎:やっぱり、高校生というのは不安定なんです。んで、やっぱりその居場所がまだないんですよね。たとえば働いてしまったらそこが自分の居場所になるわけですけれども、高校生って、その、中学生とは違うんですよ。ある種まあティーン、ハイティーンだから、いろいろできるんですよね。まあその小学生がセックスする小説って面白くないけど、高校生がセックスしたくてできなかったりするっていう小説は面白かったりする。要は、もう16過ぎたら子どもじゃない、何でもできるから。そのときに、誰かに必要とされている、誰かを必要とするっていう話を書きたかったんだよね。つまり、やっぱりぼくは難しいことを書くけど、最終的に高校生に向けて書いてるんですよ。高校生とか大学生に向けて、ひとりじゃないと、いますよ、ここにいますよっていうSOSをね、出したい。何て言えばいいんだろう、そういう、そこに、うん、小説ね。何で高校生かっていうことですよね。中学生ではわからないから…
田中:あるいは大学入りたてとか、そういう表象が多いじゃないですか。
中崎:やっぱり揺らぐんですよ。その、I氏の言葉を借りれば、いわゆる編集者の言葉を借りれば、輪郭がぼやけたどうのこうの、みたいな。その、まだ誰にもなっていない状態なんだけど、しかしもはや誰かになっているわけで、彼は彼だし、自分ではなんかもうこうありたいというのはあるんだけど、うまくそれを実現できない。だから『事情』の、いや『傲慢』の太一という人物は非常によく書けたと自分で思っていて、ぼくはあの小説を書いたがゆえに大阪市の教員採用試験を受け損なったんだけど、それでいいと思うんです。っていうのは、太一というのはやっぱり生きてるなと思った。あの小説って、なんかほぼ太一が不定愁訴みたいなのを訴えるんっすよ。頭が痛いとか背骨の奥が軋むとか言うんですよ。ずっと言うんですよ、そればっかり。台風のせいだろうか、とかいってずっと言うんですよ。天気も悪いし本人の体調も悪いんですよ。ずっと。ずっと同じなんですよ。しかも、極めつけは、めっちゃ晴れた日に太一は最悪のコンディションなんですよ。だから途中まで天気と自分のコンディションが比例して悪かったんだけど、最終的に天気がどんだけよくなっても自分のコンディションは最悪のままだっていうことがわかったときに、彼はひとりになるんですよ。そのときに亜美との関係だけが唯一の縁だったことが強調されるんだけど、結局彼はひとりなんだよね。そうなんです。ひとりなんですね、絶対に。だけども、でもたしかにあの日々において亜美と太一はふたりでいたんですよ。その記憶があれば、太一は生きていけるんだなっていうのを、ぼくは思いました。あの小説はたぶんバッドエンドだと思うんですよね、『傲慢』は。すごくバッドエンドなんです。『事情』も、結ばれないから。『言の葉の庭』とか『秒速5センチメートル』、とくに『言の葉の庭』はなんかハッピー感がある、未来に向けてちょっと希望が持てるんですよね。だから『事情』も『傲慢』もなんか、目の前の出来事が完全に終わって、そのバッド・ロマンスで終わるんだけど、けど続くんです。
田中:でも、どちらかといえば『幻風景』とかはなんか期待を持たせますよね。
中崎:そうですね。『幻風景』とか『逸脱』とか『執着』とかは。でも『執着』。『逸脱』はよくできたのはまさにそこで、あのIという編集者の友人がね、これはI氏を捩ったみたいな感じなんだろうけれども。
田中:北京大学に、中国に留学して帰ってくる…
中崎:仕事で中国に行く。うまい中華料理屋があるんですよ。
田中:そうそうそうそう(笑)
中崎:あの小説は、I氏が初めて続きの読みたくなる小説だと言って、こう言ったんですよ、そのあとに。きみは自覚しているかわからないけれども、本当に文章を書くのがうまくなったと。あの小説は1週間で書いたんですよ、80枚。そういうことだと思うんです。あの小説がなければ、たぶんI氏とぼくの関係はとっくに終わってますね。だからぼくが2年かけて一作も新作を書けてなくても、彼もぼくも知っているんですよ、ぼくは1週間あれば短編を一作書けるということを。
淤見:『短日吉野紀行』はその間にお書きになったんですか?
中崎:あれは大学3年生から4年生になったときの冬だから、3年前ですかね、4年前ですか。実際吉野に言ったときのことを書いただけなんで、たいしてその奥行きがないと思うんだけど。
淤見:ぼくはあれを読む前に谷崎潤一郎の『吉野葛』を読んでから読みましたよ。
中崎:あれはぼくも『吉野葛』を読んだことがあって、実際に吉野に行くことがあったんです。
田中:いわゆる紀行文っていうやつですよね。
中崎:そうです。あれは実際ほんとにただのエッセイで、I氏は何のコメントもぼくによこさなかったんだけど。というのは、その、フィクションじゃないからという理由で。
田中:(笑)
中崎:ぼくはあれは好きな文章だな。と思うんですけど、どうでしょうか。
淤見:中崎先生の作品で『短日吉野紀行』のほかに読んでいるのが一作、『事情』かな…『執着』ですか。両作とも水が出てきて時間とごちゃごちゃになってというのがよく描かれていると思うんですけど、水と中崎先生というのはどういったご関係にあるのでしょうか。
中崎:そこはね、ぜんぜん意識したことないですね。水を書く…
淤見:水と時間が関係してくるんですよ、中崎先生の作品は。
中崎:まったく意識したことないですね。でも感覚としては『傲慢』のときからそうだけど、雨というのはやっぱ大事で。雨が降ると、やっぱり世界がよりisolation、より孤立するんですね。だから、『事情』のときからずっとその雨が…
田中:そうですね、バス停で雨が降っていますよね。
中崎:でも、そういうふうに考えたら『執着』の場合って、実は『逸脱』も雨上がりのゴールデン街の裏路地が舞台なんで、雨があったんですよ。で、『幻風景』は…『幻風景』は雨がなかったのかな。
田中:うん。出てきた記憶がない。
中崎:でも『執着』は雨がぜんぜん降らない夏だったんですよ、京都の。でも、ずっと鴨川の川の音がrefrainというか、通奏低音としてそこに流れているんですね。水か、何だろうね、いったい。ぼくにもわかりません。だからいわゆるそのぼくの原風景みたいなものが、ぼくにとっての、そこにあるのかもしれない。それはでもI氏が考えてくれるからいいんですよ、ぼくは書くだけです。自分の小説をね、そんな分析しません。
淤見:前に田中先生が中崎先生の小説を私小説的で印象主義的にしか読めないと評して、Iさんが印象主義を知らないくせにそんなこと言うなと怒ってらっしゃいましたが、それについて田中先生いかがですか?
中崎:どうなんですか?
田中:Iさんはすぐそういうことを言うから。あの、北の高校生会議の動画を見せたんですよ。そしたら、プロジェクションマッピングなるものを石山樹野がやっていたじゃないですか。それで、中崎さんが「それはシニフィエとシニフィアンの問題だよね」と言って、能祖くんが爆笑していて、でそれをIさんに見せたところ、たぶん中崎先生シニフィエとシニフィアンの違いわかってないよと言っていた(笑)つまりIさんは、なんですか、そういう言い方が好きなんですね、たぶん彼はわかっていないという言い方が。あの、それをいま想起したんですけど、それは措いておいて。いや、だからあの、印象主義というのは措いておいて、先ほども言ったように、中崎さんの書き方というものが自分の経験をモチーフにしたものがほとんどじゃないですか。で、よくIさんとも話すんですけど、そこから次のステージにいつ行くんだろうというのには関心があって。結局、その今のやり方を続けていくというのはある意味難しいところがあると思っていて。
中崎:限界がね。
田中:そうそう。常に刺激がないと書けなくなるわけですよね。だから、要は富山から東京に来たというのもあると思うし。で、なんかある意味書けなかったら自分の環境になるわけじゃないですか。だから、なんか次のステージにどうやったら中崎さんが行けるかと考えたときに、なんか違う作風のものも見てみたいとぼくはなんとなくうすうすそう思っているんですよ。で、なのでさっきの話に戻るんですけど、それはなんかSFがどうとかいうのもあると思うんですけど…
中崎:じゃあもう一本いきますか。
田中:そうですか(笑)
中崎:大丈夫ですか?
淤見:私はまったく
田中:ぼくはぜんぜん大丈夫です。
中崎:田中くんはでも弱いからね、怖いよね。
淤見:(笑)
中崎:すみません、もう一本同じものをください。
淤見:中崎先生さっきおっしゃっていましたよね、岩崎さんはきみたちよりも断然酒が強いと。
中崎:彼女は強い。で、ごめんなさい、なんだったっけ?
田中:だから、要は次のステージに行くためにはどういったものが必要なのかとお考えになっているのかということを訊いておきたいんですけど。
中崎:どういったものが必要か、それはもう経験じゃねえの?
田中:ああ。
中崎:だってしょうがないじゃないですか。書けないものは書けない。
では飲みましょう。はーい。書けないものは書けない。だって無理じゃん。
店員:こちらお下げしてよろしいでしょうか?
淤見:はい。
中崎:はーい、お願いします。
田中:ありがとうございます。
淤見:どうしてなくなるんですか、これは。
中崎:それは向こうで作らなくなるらしいんですよ。
淤見:どこのお酒なんですか?
田中:スペイン。
中崎:さすがだね。
田中:ぼくが思うのは、そのIさんと中崎さんの関係、ちょっと話が戻りますけれども、関係で、周りから見たら、本人たちがどう思っているのかはわかりませんけど、すごい奇妙なものに見えるわけじゃないですか。
中崎:ああ、それはおもしろいね。聞かせてほしい。
田中:いやいや。たとえば、ぼくと淤見の関係も何なのとよく言われるわけなんですよ。普通高校時代の友だちで、なんですか、いまだに週2で会ってるというのはあんまりないかもしれないし、ぼくとIさんの関係も何なのと周りからよく言われてたんですよ、特にIさんのことが好きな女子から。
淤見:何でそんなに仲がよいの、と。
田中:半分嫉妬の意味を込めていて、よく問い合わせられていたんですよ。で、なんか、ぼくはIさんと中崎さんのことを知っているからふたりの関係は必然だと思っているし、あれだけれども、もし傍から見ればどうしてこんなにこのふたり仲がいいんだろうと思われてしまうことが気になりますよね。何でなんでしょうね。
中崎:何が何でなの?
田中:いや、つまり他の、要は淤見とか岩崎とか田中ではない、まあOさんを含むかもしれないけど、まったくちょっと違う人から見たら、中崎さんとIさんの関係はすごい異質なものに見えるらしいじゃないですか。どうしてなんだろうかっていう。
中崎:知らないよ、そんなの。何でだろうね。お互いがね、お互いを必要としていないからじゃないの。どうなんだろう。いや、少なくともI氏はぼくのことを必要としないでしょう。
田中:うーん。いや、してると思いますけどね、ぼくは。
中崎:そう。そこがミソ、まさに。つまり社会的に考えて、彼はそもそもぼくを頼らなくてもいいわけでしょう。
田中:たしかに。
中崎:でも、だからこそたぶん彼はぼくのことを評価するんだろうね。たぶん、彼にとっては、彼にないものをぼくは持っているのだと思うの。つまりその、たとえば酒が飲めるとか、なんか彼手取りが何十万とあるらしいじゃないですか、ぼくの倍くらい稼いでいるくせに、絶対ぼくが出すんだよね。別にそれが嫌だと思ったことはないんだけど、なんか全部含めてね。たとえばこの前、あの参議院議員会館の後に岩崎さんと田中を途中で呼んでI氏とパークハイアットのニューヨークバーに行ったんだよね、あの後。でシャンパン開けたんですよ。でぼくは爆睡をかましたんだよね。でもね、リーガロイヤルのほら、ジュニアスイートにあの日宿を取っていたから、あそこに連れて帰ってくるわけじゃないか。
淤見:それは全部払ったんですよね。
中崎:全部ぼくが払いました。全部ぼくが払いました。全額ぼくです、はい。彼は一銭も払っていません。それでいいんですよ、つまり。
淤見:そうおっしゃっていましたよね。
中崎:まああんまり覚えてないんだけどね。(笑)でね、エージェントっていう言葉があるじゃないですか。彼はだからそうなんだろうね。
田中:なにエージェントなんですか?(笑)
中崎:でね、あのほら、彼あんまり自分から主張することがないんだけど、『ライ麦畑の反逆児』、”Rebel In The Rye”っていう映画があって、アメリカの映画で。これは、あのサリンジャーを主人公にした映画だったんですよね。それをね、ぜひ観てほしいと。
田中:ぼくも言われました。
中崎:珍しく言うから。それでこれがね、東京でしかやっていなくて、富山でやっていなかったんですよ。でアマゾンで買おうと思ったんだけど、ちょうど今年の2月に、1月2月に、新宿の、あのほら、ピカデリーとかどっかでかかっていた映画だから、富山じゃ見れないと。じゃあDVDまだ出ないわけじゃないですか。で、しょうがないからアメリカ版を買ったわけですよ。パソコンで。
田中:アマゾンで。その話Iさんから全部聞いてる(笑)
中崎:で、3週間くらいかかってアメリカから届いて、ぼくはそういう、だから英語でしょ、アメリカ版のDVDだから。日本の映画なら日本語の字幕があるじゃないですか。アメリカだから、そのまま英語の字幕でぼく観たんですよ。I氏が何回あの映画を観たか知りませんけれども、彼はサリンジャーのこと好きだって知っているし、”The Catcher in the Rye”も読んだけど、ああ。なんか彼がぼくに言ったのはね、あの映画を観たらきみもちょっとは編集者の気持ちというものがわかると思いますよと。
田中:(笑)
中崎:ぼくはね、まあちょっと感動して泣いた、泣いたなあという感じなんですけど、泣けたね。あの、サリンジャーって作家じゃないですか。なんかこう彼がぼくを評価する理由がすっとわかったんですよ。その、あの映画に出てくるサリンジャーってすごいぼくと似ているところがあって。ぼくが自覚できるぐらいだから彼にとってはもっとそうだったと思う。んで、同時に作中に出てくる編集者、エージェントみたい人たち、たくさんいるんだけど、そういう人たちの気持ちってぼくあんまりよくわからないけど、I氏のこと考えるとよくわかるんだよね。だからI氏は…ほんとにほんとにね、あっ、編集者というのは作家に幸せになってほしいんだな、いい作品書いてほしいんだなっていうのが、利益とかじゃなくて。もし仮にね、作中に出てくるエージェントたちの気持ちをI氏がぼくに向けているのであればね、ぼくはねしっかりやらないといけないなと思ったよね。いい映画だった。だからぼく、そういうふうになれる作品を作りたいと思ってね。
淤見:中崎先生がずっと富山にいらっしゃったときに、Iさんが私の家に泊まりにいらしたことがあったんですけど、そのときに田中がIさんが中崎先生のことをずっと心配しているよねという話をしてたのを聞いていたので、その話を訊いたんですよね、Iさんに。そしたらたぶん、すごい、こん…
中崎:confused
淤見:confusedじゃない、困惑。
田中:confusedと困惑はほぼ一緒やね。
中崎:(笑)
淤見:そういう、複雑というか…
田中:それはcomplexだね(笑)
淤見:いや、そうなんですよ。まさしくそうなんですよ。そういう顔をされたのがすごく印象に残っているのですけれども、いま編集者は作家に幸せになってほしいというのを聞いてですね。そのとき中崎先生お薬ですか?
中崎:ああ、薬飲んでたね、あのとき。
淤見:その頃だったんですよね?
中崎:2月、3月ね。
淤見:Iさんがそういう顔をされたのがぼくにはすごく印象的でした。いま話を聞いて思い出しましたね、その顔を。
中崎:だから、ほんとだからね、いや、少年マンガみたいな話ですよ。25歳でね、そんな少年マンガみたいな安い経験ができているというのはありがたい。だからぼくは、自分は書かないといけないなと思いますよ。
淤見:まさかあの講演でね、マンガの話から始めると思っていた人は、誰もいませんよ。タイトルなんでしたっけ、あのプラットフォームU-25の講演の。
田中:アンタゴニスティックな…
淤見:誰も覚えていない(笑)
田中:待って。あれ、いちおう家で…
中崎:越境する…
田中:越境する言語…いや、違う違う。なんとかの言語的越境。
淤見:グローバル的な言語的越境へのアンタゴニズム?
田中:あれは、Iさんと…
中崎:言語的越境へのアンタゴニズムだ。
田中:そうそうそうそう。
中崎:なんでぼくが一番覚えてんねん。
田中:あれは…だってそれは講演者だから(笑)あれはIさんと3時間電話して決めたんですよ。
中崎:ははは。3時間電話してあれ?(笑)
田中:はい(笑)いや、他の候補がもっとヤバかったから(笑)
淤見:他の候補ってなんだったんですか?
田中:おれ、全部あるよ。
淤見:たとえば?
中崎:いいよ、もう。
田中:いや、ここでは言えない(笑)
中崎:でも、言語的越境に対するアンタゴニズムっていうのはよかったね。言語的越境って何いっているかよくわからねえし、アンタゴニズムって何いっているかわからなかったから、とりあえず何いっているかわからなかった(笑)
田中:(笑)
中崎:だからね、いまの淤見くんの話だけど、” The Catcher in the Rye”の話と較べて、合わせて、ほんとにね、I氏はたぶんぼくのことをすごい心配しているんだろうね、ぼくに見せないけれども。でもね、ちょうどそのお薬を飲んでたときに、手紙をね、『執着』を書き上げたのがその年末だったから、2月とか3月になったときに、朝、ぼく東急、マルゴがあるじゃないですか、そこの。その上にホテルがあるじゃないですか、東急ステイ。そこに泊まっていて、朝ロビーに下りてきたら、女の人が来るわけですよ。「中崎先生、Iさんから預かっています」と言って、A4の封筒。
田中:(笑)
淤見:へえ。
中崎:中にワープロ原稿が入っているんですよ。で、『執着』に寄せて、という感想文みたいなのが入っていて。それね、後で聞いたら2万字だっていうんですよ。
淤見:2万字。
中崎:原稿用紙50枚ですよ。おれが書いた作品は原稿用紙80枚なんだよ。ヤバくない?あれ、卒業式で3泊4日で金土日月とこっちに来ていて、土曜日の朝に読んだんだよね。だから金曜日の夜来て飲んで、次の日の朝にもらったわけだよ。で読んで、もう痺れがきたね。薬なんか飲んでる暇ねえなと思って。何を不安に感じることがあるんだ、と。それで、そこからもうぼく一切薬飲まなくなりましたね。酒ですよ。
田中:(笑)
中崎:いや、でもその2日後かな、その日の夜かにI氏と実際に会ったんだけど、Oさんにもその日の夕方に会ったんですよ。
淤見:(笑)
中崎:んで、I氏にその日の夜に、彼ちょうど愛知に帰ると言っていたから、去り際にバスタでね、手紙を渡されたんですよ。「これは、まあきみもう大丈夫って言っていたからいいと思うけど、もしほんとにまたなんかよくわからなくなったときにこれを読んでくれたまえ」みたいなことを言われてね。ぼくはI氏の文章って実はあんまり目にする機会がないから、嬉しいからね、すぐ櫻亭っていうゴールデン街の店に土曜日に行って読んだんですよ。いい文章でね。で、とにかく先生は異常ですとか言ってハッパかけてくるんだよね。手書きだよ。手書きで10枚とか。ヤバくない?だって50枚のワープロ原稿を打った手でさ、矢継ぎ早にその2日か3日後かに原稿用紙に10枚くらい書いてくるわけだよ。泣かすよね。だからね、そのとき恥じたね、自分を恥じた。なんか、その生ぬるいんだよね。仕事が忙しいとかさしょうもないなって。I氏はぼく富山に行ってから1ヵ月後くらいから言っていましたよ、辞めればいいんじゃないですか、仕事を、実家があるんだから、とか言って。ぼくはね、彼の言っている言葉の意味を理解するのに2年間かかったんだよね、結局。おれね、だからすごい人間と知り合えたなと思って。いやー。だから今回、ぼくよく想像するんですよ、やっぱりね、たとえばもしI氏が死んだらどうしようとかね、あるいは入院したらどうしようと。一体彼に何ができるんだろうかって思うんですよ、恩返し。でもね、考えてもね、たぶん小説書くことしかないと思うんだよね。彼がたとえばもういつ死ぬかわからない、癌で末期です、余命半年ですというときに、ぼくが病室に行ってできることってないんだよね。今日体調どうだとか言わなくていいんすよ。言わずに、ただ新しい小説を持ってきたぞ、と。彼が読む、と。で、彼が感想を言う。まあね、それだけでいいと思うんだよね。それがぼくと彼との関係だからね。で友だちじゃないから花は贈らないですよ。花は散るんだから。でも小説は残るんですよ。だからぼくは小説を書くんですね。そういうことですな。何か質問は?
田中:いえ、どうぞ。
中崎:だからほんとぼくあの、鳥瞰社のインタヴューを読んでもさ、パート4でもさ、言っているけどさ。将来芥川賞をとったときにさ、会見でさ、「受賞の気持ちはどうですか、誰に伝えたいですか」と言われて、「特に伝えたい人はいませんけど、そこに座っている彼は…」みたいなことをやりたいんですよ。ほんと、あの、それが念願ですよね。中上健次がいいこと言ったんだよ。その芥川賞とったときに、編集者に、「あなたがぼくを人間にしてくれた」って。ぼくはそこまでは言わないけど、まあI氏には「きみはぼくを作家にしてくれた」と言ってもね、いいんじゃないかなと思う。
田中:このインタヴューってなかなかパーソナルすぎてさ、パーソナルすぎてさ、Iさんに渡せないよね(笑)
淤見:これを公開していいのかもわからない。
中崎:秘蔵で。
田中:書けないですよね、サイトに。いや、でも…
中崎:賞とったらね。
田中:賞とった翌日に出るように、ちゃんと…
中崎:そう。『夜明け前』っていうタイトルでさ…
淤見:(笑)
田中:(爆笑)
中崎:おれ『夜明け前』っていうのが好きなんだよ、タイトルがさ。”Before The Dawn”っていうのがあるでしょ。
田中:そのためにはまずは狂わないといけないから(笑)
淤見:中崎先生、原稿用紙にこだわりというのはありますか?
中崎:ありますよ。
田中:めちゃくちゃある。
中崎:いま持っています。昨日の夜、だから…
淤見:どこでお買い求めなんですか?
中崎:満寿屋です。満寿屋。
淤見:ああ、満寿屋。満寿屋は有名ですよ。
中崎:富山で千枚買ったんですよ。
淤見:へえ、満寿屋なんですね。
中崎:これです。
淤見:ああ、どうもありがとうございます。
中崎:どこでも書けるように、あと20枚くらいはあります。
淤見:万年筆?
中崎:いや、あのね、ずっと書いている愛用のボールペンがあったんだけど、どっかいっちゃった(笑)
田中:(爆笑)
中崎:この前ね…
淤見:それはそのボールペンですか?
中崎:どれ?いや、これはゴールデン街の店でね、ペン借りたの、サイン書くときにね。だから今日夕方一冊売ったんだよ。あのね、順番に答えるとね、ぼくがずっと3年間ぐらい書いているこのペン、このインクのペンがあったんだよね。これね、この前ゴールデン街でね、これは0.3ミリのサラサ。でね、これでいつも書いていたんだけど、3年間ぐらい、ずっと。この前サインし歩いていて、ゴールデン街で、どっかいっちゃったんだよね。
田中:(爆笑)これは載りますよ、たぶん。
中崎:で、探してもないんだよ、どこ行っても。で見つからないからいいやと思って。でもね、筆記具って大事じゃん。
田中:このペンなくなったんですか。それは結構大きいニュース。
中崎:だって、ぼくいままでずっとこれで書いてきたんですから、『執着』も『事情』も『逸脱』も『幻風景』もずっとこのペンで書いてきたんですから。そのペンがないんだもん、書けないんだよね。それが証拠にさ、あれから…
淤見:3行しか書いていない。
中崎:いや、進まないんだよ、普通のペンでは、安物のペンでは。
田中:万年筆にしたらどうですか?
中崎:面倒くさいじゃん。
田中:インク変えたりとか?
中崎:はい。
田中:ぼくずっと万年筆だったんです、高校まで。
中崎:いや、軽いペンがいいんですよ。で…
淤見:鉛筆はやっぱりだめ?
中崎:話にならん。
田中:淤見くん万年筆使っているの?
中崎:消せないっていうのが大事なんですよ。
田中:高校のとき鉛筆だった?
中崎:いや、違うんですよ。でね、でね。いいですか、いいですか。でね、(左手の甲の殴り書きの文字を示して)これは一冊売ったときのサイン。不二子って言われたから、この字で合っていますかって、店のペンですね。
淤見:ああ、なるほどなるほど。
中崎:だからね、でね、このペン、パーカーのペンなんですけど、なかなかないんだよね。
田中:ボールペン?
中崎:替え芯は、たぶん4本くらい家にあるんだけど、探せばどっかにあるんだろうけど。
淤見:市販品なんですね、それは。
中崎:市販品、市販品。
淤見:でも、それを買ってくるということは、まだしていないんですね。
中崎:はい。探すの面倒くさい。こういうときにI氏が近くにいたらやってくれるんだけどね。だからね、わかっていると思うけど、ぼく実務能力ゼロなんで。
淤見:満寿屋はご自身でこれとお決めになったんですか?
中崎:そうです、そうです。
淤見:いろんなの試したんですか?
中崎:いやいや、これで決めました。
淤見:最初からなんですか?
中崎:たまたまね、丸善で見つけたんですよ、大手町の。でよくて、書きやすかったから、富山行ったときに、富山になかったから、本社に電話して、「ちょっと、あのいままで使わさせていただいていたんですけど、転居して買える場所がないから送ってくれ」って言って、千枚一万円で送ってもらって。
淤見:丸善にあったんですね、満寿屋が。
中崎:でね、この千枚を使い切ったら富山から去ると豪語したんですよ、I氏に。
田中:(爆笑)
中崎:そして富山行ってね、いま600枚残っているからね(笑)でも逆に400枚書いたんだと思って、偉いと思って。
淤見:すごいですね。このまんま書くんですか?それとも1枚ずつ剥がして?
中崎:いや、剥がすと床のあれででこぼこであれするから、下敷き代わりでやっています。
淤見:ぼくは相馬屋の原稿用紙を使っているんですけど、神楽坂にあるんですけど。
中崎:へえ。ぼくぜんぜん知らないや。他人の原稿用紙なんてどうでもいいや。
淤見:でも、『原稿用紙の知識と使い方』という本があって。1983年くらいに早稲田出身の松尾靖秋という人が書いていて。それを宗像先生が引用していたんですよ。
中崎:宗像先生、升というなんちゃら、みたいな。
淤見:「制度としての原稿用紙」
中崎:そう、「制度としての原稿用紙」。だから宗像先生、中上建次の。中上建次は集計用紙で書くから、それを言って、引用して、ぼくあの人の生徒だったから。で、中崎さんも原稿用紙に書く人だったんですね、とめっちゃ嬉しそうにね。で、I氏もそうなんだよ、宗像先生の。だからね、一回言っているのは、自著出たから挨拶しに行こうと。で、ぼくずっとI氏と言っているのは、渡部直己先生に頼んだら解説書いてくれるんじゃないかなって。いま暇だろ?
田中:(爆笑)いま暇だろ(爆笑)
淤見:(笑)
中崎:いま暇だろ。
田中:今日イチおもしろかった(爆笑)
中崎:だってさ、いま何してるの。わかんないよね。
淤見:裁判はどうなったんだろう。
中崎:えっ、裁判してるの?
淤見:裁判起こすとか起こさないとか言っていたけどね。
田中:いや、でも提訴はされていないと思うよ。
淤見:講義を受けていらっしゃいましたか・
中崎:受けてた受けてた。
淤見:文芸批評理論ですか?
中崎:はい。(渡部先生は)授業中に涙ぐみますからね、中上建次の話をしたときに。ぼくと一緒だ、すぐ泣く。いいんだよね、だから人間臭くてぼく好きなんですよ。
淤見:なんでさっき本の話をしたかというと、その本に満寿屋の原稿用紙を使うと売れるという話が出ていたからなんです。
中崎:この原稿用紙がなにがいいかっていったらね、しょうもないルビ欄がまずない。
淤見:横長で。
中崎:ルビ打つところがない。それで、横が広いから、こうやって書き込めるんですよ。
淤見:なるほどなるほど。
中崎:だから、なんていうんですか…
淤見:ページ数をふる欄、魚尾もないんですね。
中崎:ないですないです、ほんと升目しかない。だからほんと、升という、制度としての原稿用紙をよくわからせてくれる。ぼくはね、集計用紙でも一回書いたことがあって、あの、でもね、自分でさワードに起こさなければならないじゃないですか、ぼくの場合。クソ面倒くさいんです、見えねえから。でもね、ぼくはこう思うんですよ。中上建次がね、『重力の都』の、短編集ね、あとがきで、「この小説は谷崎の『春琴抄』の最大の和賛である。同時に、編集者、印刷、造本、運送、流通、あらゆる方々の力があっていま読者の手元に届いていることを感謝申し上げる」って言っているんですよ。あの意味が昔よくわからなかったんですよ、学生のときは。でもね、自分の本が他人の手に渡るっていうこの2年間の経験を振り返ったら、よくわかる。もちろん、田中くんもそうだしI氏もそうだし、デザイン、モデルになってくれた人もいるし…
田中:モデルになった人と会っているんですか?
中崎:会っていない。知らない。
田中:いや、ぼく知っている人だから(笑)
中崎:だから、いや、いろんな人が、ほんとにいろんな人がいて、あの一冊の本になっていて。で、いっつもぼくは本書いてますって、本出したらね、すごいねって言われるんだけど、ぼくはすごくないなってほんとに思うんですよ。だって、書いてるだけだし。そういうひとつの本にするって能力はすげえなって思ったときに、中上はああ人間だったんだなって。だからI氏はたぶんね、ほんとに本気なんだろうなって思うんですよ。ぼくをひとりの文学者にするためにほんとにいろいろやっているんだろうなって思いました。彼は教育者だね。ぼくを彼は導いているんだなって思って。だからさっきの話じゃないけど、もし彼が死んでもどんだけ辛くてもぼくは書かないといけない。彼が死んでぼくは最大の理解者を失ったから書けないっていうのはね、それはね、もう話にならん。だって…
田中:でも、どうしてIさんが死ぬ前提になっているんですか(笑)
中崎:だって、だってね、いいですか、だってI氏が死んで僕がそんなことを言ったらね、もはやね、I氏がかつてぼくに言ってくれたようにぼくにハッパをかける人は誰もいなくなるんですよ。だったらせめてね、ぼくは毅然とものを書かないといけない。
淤見:Iさんもうすぐ…
田中:もうすぐ死ぬ前提になっている(笑)
中崎:ぼくはね、常に最悪の事態を想定してやっているんです。
淤見:それは佐藤優も言っていますね。
中崎:ぼく最近結構佐藤優が好きなんだよね。いや、だからね、そのなんだっけ、ほんとI氏の話だけど、ぼくは同時にね、さっきの話だけど、死んでもいいと思っている。というのはね、ぼくは最初死にたくなかったんだよね、いまもそうだけど。できれば不死身になりたいなと思って。小学生みたいでしょ。
淤見:そうですかね。
中崎:で、どうやって死なずに済むかなと思って。ぼく、肉体は滅びるし精神はなくなるけど、ぼくの書いたものは、建築…だからね、ぼくいま家族小説を書いているんですけど、父親とか母親といった存在をよく考える機会がいろいろあってね。で父親大工なんだけど、建築ってやっぱすげえなと思って。父親がね、別にぼくにそうやってかまったわけではないんだけど、自分のつくった家残るじゃん。文学もそうなんですよ。父親はさ、宮大工になりたいっていって、飛騨の人間なんだけど、大工でずっとやっていて、45、6なんだけど、宮大工、伊勢神宮で今月から働いてさ。いや、まあ父親とは小学校以来一緒に暮らしていなかったんだけど、大学入ってからよく会うんだよね、帰省すると会う。父親ってかっこいいなって思って。仕事するってこういうことかって思ってさ、お金を得るとかじゃなくて。別に父親はぜんぜん小説とか読まないんですけど、職人なんですよね。それで宮大工になれるんだから。いやすげえなと思って。ほんでね、こう嬉しかったのが、この前の、父親と喋っているときに、伊勢に引っ越すって言って。で、父親はだいたいいつも酔っているときに電話がかかってくるから。しかもね、父親も母親も酒よく飲むんですよ。
田中:(笑)
中崎:だから血なんだよね、これは。
田中:(爆笑)
中崎:だからね、おれね、この前I氏と大阪で飲んだときに、北新地で植え込みにダイブしたとかあったらしいんですよ。
淤見:そうなんですか(笑)
中崎:だから起きたらここが血まみれで、何があったかと思ったら滑り込んだとか言ってね。訊いたらね、母親も父親も昔そうだったって。京橋でへべれけになって帰ってくるとかね。コンクリートに頭ぶつけて血まみれで帰ってくるとかあったんですって。でね、血だなって思ったときに、ぼく嬉しかった。ああ、なんか、いまばらばら、血の繋がった家族はばらばらだけど、ぼくも東京にいるし、ばらばらだけど、なんか血ってそういうことかって、なんかすごい嬉しくて。ああ繋がっているんだって。いや、ほんとしょうもないんだけど。なんか、ほんとマンガ的だよね。その教えがさ、別に教えじゃないか。こういうふうに酒を飲んでって言われた記憶は一切ないんだよ、母親にも父親にも。でも似てしまうっていうのが嬉しくってさ。家族かと思って。でいまおれ書いてる小説にさ、なんかさいろいろ考えるんだけど、文学っていうのはさ、話戻るんだけど、残るんだよね。だからぼく残る仕事がしたいなって。100年後とか200年後とかにさ、ぼくの孫とか親戚がさ、いやこれおれのさ、親戚のさ、みたいな。ですごい生意気な子どもがいるわけ。で、そいつがさ、お母さんに怒られるわけ。あんたいい加減働きなさいとかさ、言われるわけ、20とか18くらいで。で言うんですよ。おれのおじいちゃんもこうだったんじゃないの、あんたのおとうさんもこうだったんじゃないのって、子どもが減らず口を叩くわけですよ。母親が、そうだけど、みたいな。なんかいいなって。なんか家族っていいなと思って。でわざわざ残る、100年後読まれる小説を書きたいんですよ、おもしろい小説じゃなくて。
淤見:インタヴューズでもね、たびたびその発言はね、横断的に。
中崎:そうそう。だからいまを書きたい、だからやっぱりだから21世紀のいまを。I氏の言葉を借りたら、21世紀の都市文学をぼくは書く。だから新宿を書かないといけないということは、ぼくはもう。2つ、やっぱり3つテーマがあって、ぼくのなかで。ひとつは家族だよね。血の繋がること、血の繋がらないことを書く。もうひとつは、『執着』とか『逸脱』とか『幻風景』みたいに旅をする物語。自分のアイデンティティが漂白されている状態を描く。もうひとつは、都市ですね。つまり、『事情』に代表されるような都市文学、あと新宿の感覚を書く。この3つをぼくはやっていこうと思う。で、その先に、あの何か自分だけの文学があるんだろうと思ってやっているんですよね。やっぱ嬉しいですよね、親と似てるっていうことは、やっぱ嬉しい。ぼくなんか当時ね、親と離れて暮らしてましたから、父親とね。だから嬉しいんですよ。父親と似ているって言われると、やっぱ嬉しいっすね。だからしっかり働こうって思うもんね。で、嬉しかったのは、父親がある日伊勢に行くからおまえも今度遊びに来い、と。そんで本をね、この間、正月に渡したんですよ、遅くなったけど、渡したんですよ。そんなら、たぶん読んでないですよ、100パー。けど、まあ小説書く勉強にもなるから何日か伊勢で過ごしたらいいねんってね。そう、ああ、小説をね、ぼくの仕事だっていって認めてくれているんだなって。いや、嬉しかった。やっぱね、あのわかるかな、わからんかな。ぼくがナイーヴだからかもしれないけど、親に自分の仕事を認めてもらえるっていうのが嬉しいんですよ。それも、学校の先生って偉いねとか本出るって偉いねとかじゃなくて、小説を書くんだったらこれを経験しろとかさ、特にやっぱ男親に言われると嬉しいね。ぼくはすごい嬉しかった、その十代のときにね、ぜんぜん関わっていなかったぶんね。ああ、父親ってこうかって、かっこいいなって思って。だからぼくたぶんね、学校で働くのもそれがあるんですよ。だからね、別にね、母子家庭とか父子家庭とかたくさんいるんだからいいんだけどね、親になりたいとは思わないけど、家でさ、ぼくもそうだけど父親がいなかったらさ家に、叱ってもらえないわけですよ。どうしても生意気になるんですよね。学校とか塾とかで、そうやってきつく叱ってもらえると、やっぱ嬉しいんですよ。叱ってもらえるっていうのは、やっぱり嬉しいんですよね。要は見てもらえているっていうことだから。なんか、そういう見てますよ、あなたがここにいるっていうことを知っていますよっていうことをね言いたくて学校の先生になったのかもしれない。だから、ぼくはよくI氏に言っていたけど、最悪小説家にならなくても学校の先生でやっていくって言っていたけど、最近わかった、それは無理だ。小説家になれなかったら、ぼくは教師にもなれない。ぼくは作家ですよ。いや、だからこの前ほんとに嬉しかったのはそれですよ。父親がそのおまえの小説を書く勉強になると思うって、伊勢が。それは右翼左翼一旦措いておいて、宮大工が言うことだからいいじゃないか。ぼくが小説を書くことを仕事として認めているっていうことがね、やっぱり一番嬉しかったね。だってさ、ぜんぜん売れてないんだぜ。百冊たぶん売れてないんだぜ。利益もぜんぜんないんだけど、それを評価してくれてるわけじゃん、認めてくれてるわけじゃん。それが嬉しくってね、頑張ろうと思ったよ。
※本インタヴューは極私的な場において、田中氏の一存で回していたICレコーダーの音声記録を元に再構成したものです。インタヴューの書き起こしにご協力いただいた淤見氏には心より感謝申し上げます。
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